村上春樹の小説では『納屋を焼く』が一番好き

村上春樹が『風の歌を聴け』でデビューしたのが1979年ですから、1983年に出版された本作はデビュー4年目に出版された短編集になります。

初期の作品は、いわゆる村上タッチの情景描写が多く、これを揶揄する人も多いですが、私は好きです。田舎の思春期時代に初めて読んだからでしょうか、年月が経った今でも「都会」のロールモデルなんですよね。

とくに、この『納屋を焼く』にはそんな魅力がぎゅっと凝縮されています。よくよく念入りに推敲した感じが伝わるほどに文章にまったく隙がない。いま読み返してみると、そんな隙の無さにキャリア初期の青臭さも感じます。

その次に僕が彼に会ったのは、昨年の十二月のなかばだった。クリスマスの少し前だった。どこに行ってもクリスマス・ソングがかかっていた。

僕はいろんな人にいろんなクリスマス・プレゼントを買うために街を歩いていた。妻のためにグレーのアルパカのセーターを買い、いとこのためにウィリー・ネルソンがクリスマス・ソングを唄っているカセット・テープを買い、妹の子供のために絵本を買い、ガール・フレンドのために鹿の形をした鉛筆けずりを買い、僕自身のために緑色のスポーツ・シャツを買った。

右手にそんな紙包みをかかえ、左手をダッフル・コートのポケットにつっこんで、乃木坂のあたりを歩いている時に、僕は彼の車をみつけた。まちがいなく彼の銀色のスポーツ・カーだった。品川ナンバーで、左のヘッド・ライトのわきに小さな傷がついている。車は喫茶店の駐車場に停まっていた。僕はためらわずに店の中に入った。

この『納屋を焼く』という作品は、1992年にニューヨーカー誌に掲載されたほか、翌年にはクノップフ社により編集された短編集『The Elephant Vanishes』にも収録され、アメリカでも十分な評価を得ています。

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991