村上春樹「村上さんのところ」

村上さんのところ

いつも湯船に浸かりながら本を読んでいる。家にある風呂はユニットバスではなく、タイルを貼った部屋に湯船をつけました、という造り。湯気がこもらなく、湿気もないので、洗面用具を置くであろう備付の棚の半分には本を並べている。

この風呂で読んでいる時間が恐らく最も長いのが「村上さんのところ」である。この本は2015年に村上春樹が期間限定で公開したウェブサイトを書籍化したもので、内容は読者の質問に対して<村上さん>が答える、というもの。いま思うと、SNSで一般的になった<質問箱>を先取りした企画で、さっと読める割に含蓄があって、ぬるめのお湯につかりつつ、疲れて重い本が読めないときに流し読みする、という具合に使っている。なお質問と回答はこんな感じ。

こんにちは、村上さん私はダイエットをしています。ですが、痩せたい、自分を変えなければいけないと思いつつ食べてしまいます。一回は成功しましたがまた戻ってしまいました。私は自分に弱いのでしょうか。(匿名希望、女性、17歳、学生)


17歳でダイエットをしているんですか。たいへんですね。体重を減らす方法は三つしかありません、というべきか。だからダイエット本なんで読む必要ないんです。とてもシンプルなことです。
①食べ物を減らす(適正な量にする)
②日々適度な運動をする
③恋をする
最後のやつはけっこうききますよ。がんばってくださいね。でもくれぐれも拒食症になったりしないようにね。

村上春樹は経営感覚のある作家で、国分寺でピーターキャットというジャズバーを開いていた経歴からか、アーティストとビジネスマンのバランスが上手である。日本人作家で世界で一番読まれているのは村上春樹ではないか、例えば、東南アジアどこの国に行っても<MURAKAMI>の翻訳版が売られている。この理由は、作品も品質はもちろんのことだが、本人の卓越したアントレプレナーシップによるところが大きいことが「職業としての小説家」を読むとよくわかる。「職業としての小説家」はビジネスマンに刺さるだろうなと思っていたところ、早稲田大学の村上春樹館は、ユニクロの柳井さんがこれを読んで寄付を決めた、と聞き、深く納得した。

そんな村上さんは昔から色々な企画にチャレンジしていて、古くは「村上朝日堂」という企画があったり、糸井重里と共著である「夢で逢えたら」という企画本もあった。ご本人も<読者と直接つながることが大事>という趣旨のコメントをよくしており、これも今風にいえばCRMである。

「村上さんのところ」に届いたメールは37,465通だそうで、3,716通に村上春樹が回答し、そのうち抜粋された476通が書籍に収録されている。なお、電子書籍版はコンプリート版として3,716通の回答すべてが掲載。どちらが良いかはお好みで。