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ぼくたちは電子書籍に切り替えるべきか?

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ついに電子書籍に切り替えるときが来るのだろうか?

 

世界のコレクター達はこの10数年にわたり電子化の波と闘ってきた。

最初は音楽だった。スティーブ・ジョブスが復帰したアップルがアイチューンという破壊的なソフトウェアをリリースして、瞬く間に世界中の音楽がデジタル化されていった。2014年のグラミー賞セレモニーでプリンスは「みんな昔はアルバムっていうものがあったのを覚えているかい?」というジョークを飛ばしたそうだ。ぼくたちの世代からすればシニカルな冗談だけど、きっと今の高校生はなにが面白いのかもわからないだろう

ぼくがCDやレコードを捨てて、すべての音楽をデジタルにしたのは2005年のことだ。正確にいえば、CDやレコードもアイチューンに取り込んでいたし、普段はアイチューンで音楽を聴いていた。それでも、これまでコツコツと集めてきた数千枚のCDや、渋谷や神保町の中古レコードショップを巡って収集したドーナツ盤を捨てられなかった。それらが棚に整然と並んでいるだけでひしひしと満足感に浸ることができたし、たまにレコードを箱から出して針を落とすとき、とても優雅な気分になった。でも、冷静に考えれば電子化するのは当たり前の結論だろう。だって、15センチほどラシィのハードディスクには、これまで集めてきたCDをかるく上回る曲が保存できるのだから。

ある日、渋谷のタワレコでCDを買おうか迷った。迷った理由が「モノを増やしたくないな」という自分の気持ちだったことに気が付いたとき、もう潮時だなと思った。デジタルでいこう。CDはよくお世話になったディスクユニオンに持っていた。「最近はCDの持ち込みが多くて」とオアシスが好きだった顔見知りの店員が言った。レコードはDJをやっている友人に段ボールごと寄贈した。こうして部屋が少し広くなった。それ以来、ディスクユニオンに行くことも無くなった。

本当に恐ろしいことに、これと同じことが書籍で起こりつつある。

ぼくは本が好きだ。本を読むことも好きだけど、プロダクトとしての本が好きだ。購入したばかりのハードカバーをぱらぱらめくると感じる新鮮なインクの匂いも、古本のいくぶんかび臭い匂いも、それから美しくデザインされた装丁も好きだ。昔からもって何度も読んでいるくたくたの文庫本を愛している。なにより、自分が選りすぐった本が整列されている姿を見ると心の底から幸せな気持ちになる。

しかしキンドルの登場によって状況がかわりつつある。

仕事で英語の原書を読む必要があった。原書を探すこと自体が一苦労だし、きっと読み返すことはない本だ。しかもキンドルの方が価格も割安だった。こうして一度キンドルを使ってみると、本当に使いやすい。旅行にいくとき、電車で本を読むとき、なぜわざわざかさばる本を持ち歩く必要があるのだろう。いつでも、どこでも読める。目の疲れも、紙の書籍より軽い。文字の大きさだって選べるしね。アイチューンと同じだ。電子書籍を選ばない理由はもう既になくなりつつある。

もちろん、音楽のように瞬く間に電子化が進むとは言わない。でも、きっといつか来る電子化の波に、これから備えなければいけないんだ。近い将来、このまま紙を残すかどうか選ばなければいけないんだ。キンドルを使ったとき、強くそう思った。10年前にCDとレコードを捨てることを決断したときのように。でも紙の本を捨ててよいのだろうか。本当に迷ってしまう。こんな逡巡を一昨年からずっと続けている。

横で昼寝している息子を見て思った。この子に本棚というものを引き継ぐことはあるんだろうかってね。